概要:みずほ銀行の唐鎌大輔氏は、日本の「デジタル関連の赤字が潜在的な拡大余地を秘めていることは間違いない」とした上で、独り勝ちの米国に対してだけでなく、他の先進国に比べても深刻な状況にあることを経済協力開発機構(OECD)のデータを使って明らかにしています。
デジタル関連収支の赤字拡大が日本経済にとって深刻な課題になってきている。
国際収支から見た日本経済の課題と処方せんについて議論する有識者会合(国際収支に関する懇談会)が、3月26日に財務官(為替や国際金融など財務省国際局の所管業務を担当する次官級ポスト)の主催で初めて開催された。
筆者も委員を拝命し、さっそく初回会合に参加させていただいた。
懇談会では、開催趣旨に掲げられた「我が国の国際収支構造に大きな変容が見られる」現状について、その背景として、貿易収支赤字の長期化、日本に回帰しない第一次所得収支(海外投資から得た利子・配当など)の黒字、いわゆる「デジタル赤字」の拡大に関して言及があった。
デジタル赤字について、筆者はこれまでBusiness Insider Japanへの寄稿などを通じて、分かりやすい言葉で問題を矮小化することないよう、「新時代の赤字」と位置づけて理解すべきと繰り返し論じてきた。
海外への支払い増による赤字拡大が懸念されるのはデジタル領域だけでなく、研究開発サービスや経営コンサルティングサービス、保険・年金サービスなどでも同じような事態が進んでいるからだ。
懇談会向けに筆者が提出した資料にも上記の点を明記した。
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とは言え、そうした「新時代の赤字」の中でデジタル関連の赤字がとりわけ大きく、潜在的な拡大余地を秘めていることは間違いない。
実際、すでに2023年末までの段階でデジタル関連収支(詳細は後述)の赤字幅は約5.5兆円と過去最大を更新し、同じく過去最高水準の黒字幅を記録した旅行収支の約3.5兆円を丸ごと食いつぶす形になっている。
こうした問題を議論していると、デジタルサービスは(グーグルやマイクロソフトのような巨大テック企業を擁する)アメリカの独り勝ち状態だから、そこからの外貨流出に苦しんでいるのは日本に限らずどの国も同じではないのか、との指摘をよく聞く。
結論を先取りすれば、アメリカの「独り勝ち」は確かに事実だが、みな「同じように苦しんでいる」という表現の方はあまり正確ではない。
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下の【図表1】は、経済協力開発機構(OECD)の統計を使って、日本・アメリカ・ヨーロッパを中心に主要国のデジタル関連収支の現状を比較したものだ。
EUは全加盟国(アイルランド除く)の収支だけでなく、ドイツ、フランスの両大国、さらに「通信・コンピューター・情報サービス」収支の黒字が大きいオランダとフィンランドも並べた。
【図表1】主要国のデジタル関連収支の比較。EUおよび同加盟国については、本文にも記載したように技術的制約があり、知的財産権等使用料の全てを対象とした。
出所:経済協力開発機構(OECD)資料より筆者作成
上の図表では、2023年に発表された日銀レビュー『国際収支統計からみたサービス取引のグローバル化』の提示した分類法に従って、デジタル関連収支を「通信・コンピューター・情報サービス」「専門・経営コンサルティングサービス」「知的財産権等使用料(研究開発ライセンス等使用料・産業財産権等使用料を除く)」の合計として算出している。
ただし、EUのように知的財産権等使用料の詳細な内訳を開示していない国・地域もあり、完全に正確な比較が技術的に難しいことには留意せねばならない。
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主要国のデジタル関連収支をひとまず眺める
前節の【図表1】をより詳細に見てみよう。
デジタル関連収支の黒字は、アメリカが1114億ドル、イギリスが692億ドルと、直感通りアメリカの黒字幅が頭抜けて大きい。
イギリスに関しては、先述の日銀レビューの定義に基づく限り、アメリカに続く黒字を計上するものの、実態としては非デジタル要素を相当に含む「専門・経営コンサルティング」が多くを占める。その背景としては、グローバル展開するコンサルティング会社の本社機能が集中していることが挙げられる。
EUもアイルランドを除く加盟国の合計で332億ドルとまとまった黒字を出しているが、内訳は多少複雑で特徴をひと言では説明しにくい。
フィンランドは95億ドルの黒字だが、ドイツとフランスはそれぞれ102億ドル、24億ドルの赤字、オランダも48億ドルの赤字。したがって、それ以外の加盟国が小幅な黒字を積み上げ、EU全域としてはイギリスの半分程度の黒字を計上する形になっている。
ただし、EU加盟国の多くは「通信・コンピューター・情報サービス」というデジタル領域のコア部分で黒字を計上しており、同コア部分含めて364億ドルの赤字を垂れ流す日本とは体質が根本的に異なる。日本の赤字額はOECD加盟国において突出している。
なお、本稿でEUのデジタル関連収支からアイルランドを除いたのは、同国が他の追随を許さないキープレーヤーであり、EUに含めて議論するにはあまりに影響が大き過ぎるからだ。この点は詳細な解説を要するので、別の機会を用意したい。
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イスラエルや欧州諸国も「デジタル強者」
デジタル領域のコア部分に関する国際比較に目的を絞るなら、やはり「通信・コンピューター・情報サービス」の収支だけを比べるのが分かりやすい。
その場合、OECD加盟国の首位はイギリス、イスラエル、アメリカの順に入れ替わる【図表2】。
【図表2】主要国の「通信・コンピューター・情報サービス」収支比較。OECD加盟国の黒字および赤字上位5カ国を並べた。
出所:経済協力開発機構(OECD)資料より筆者作成
イスラエルは「中東のシリコンバレー」と呼ばれ大きな存在感を誇り、一部の市場で主導権を握る企業も多い。
EU加盟国のオランダ(138億ドル)、フィンランド(92億ドル)が上位5カ国に名を連ねていることも注目される。両国の黒字額を合計すると230億ドルで、アイルランドを除くEU全域の「通信・コンピューター・情報サービス」黒字(307億ドル)の75%を占める。
また、他のEU加盟国では、スウェーデン(49億ドル)、ポーランド(46億ドル)、ベルギー(33億ドル)なども黒字を計上しており、デジタルサービスに焦点を絞れば、EUは世界的な強者と評価できるだろう。
一方、日本のデジタル関連収支を「通信・コンピューター・情報サービス」に絞り込むと、OECD加盟国で最下位の154億ドルの赤字となる。純粋なデジタル収支に相当するコア部分でも日本の弱さは際立つ。
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アメリカの「独り勝ち」ぶり、その中身
デジタル関連収支の国際比較を考える時、直感的にアメリカの独り勝ちを想像するのは、マイクロソフトやグーグル、アマゾンといった巨大テック企業の存在感が大きいからだろう。
だが、前掲の【図表1】を見ると分かるように、アメリカのデジタル関連収支黒字の内訳は、「専門・経営コンサルティングサービス」が689億ドルで約62%、次いで「知的財産権等使用料」が258億ドルで約23%、最後が「通信・コンピューター・情報サービス」の167億ドルで約15%となっている。
人工知能(AI)時代の必須インフラとされるクラウドサービス分野でアマゾン、マイクロソフト、グーグルの3社が圧倒的な市場シェアを誇る現状などを踏まえると、「通信・コンピューター・情報サービス」の収支黒字がこの程度いうのはやや意外だ。この点については、今後さらに調査・分析したい。
一方、「専門・経営コンサルティングサービス」「知的財産権等使用料」については、アメリカの独り勝ちと言える【図表3】【図表4】。
【図表3】主要国の「専門・経営コンサルティングサービス」収支比較(2021年)。OECD加盟国の黒字および赤字上位5カ国を並べた。コスタリカは2021年5月に加盟。
出所:経済協力開発機構(OECD)資料より筆者作成
【図表4】主要国の「知的財産権等使用料」収支比較。OECD加盟国の黒字および赤字上位5カ国を並べた。
出所:経済協力開発機構(OECD)資料より筆者作成
「専門・経営コンサルティングサービス」の黒字(689億ドル、前出)はさらに「専門経営・公共関連コンサルティングサービス」(425億ドル)や「広告、市場調査および世論調査サービス」(184億ドル)などに細分される。
前者の黒字にはアメリカが著名な戦略系コンサルティングファームを多く抱えていること、後者には同国の巨大テック企業が扱うインターネット広告事業が大きく影響していると推察される。デジタル領域のコア分野に関係あるのは後者だ。
もちろん、IT系コンサルティングという言葉が存在する通り、実態的には両者を完全に切り離して収支を算出するのは困難で、ここでは相互依存的な面が存在することを注記しておくにとどめたい。
また、上の【図表4】に示した通り、知的財産権等使用料の収支についても、世界最大の黒字国はアメリカだ。
上の図表には細分化した詳細を掲載していないが、内訳項目の全てで黒字を計上しており、最も大きいのは「研究開発のライセンス使用料」で341億ドルを稼いでいる。次いで大きい内訳項目は「コンピューターソフトウェアを複製・頒布するための使用料」で246億ドル。
日常生活の視点だと、アマゾンやグーグルが提供するような動画・音楽の定額配信サービスを含む「動画・音楽やその関連製品を複製・頒布するための使用料」の項目も規模感がありそうだが、実は12億ドルとさほどでもない。
イギリスは同項目でアメリカの3倍超(37億ドル)を稼いでいて、同項目に限れば世界最大の黒字を計上している。本稿にとっては余談になるが、このイギリスの強さにはサッカー・プレミアリーグの放映権料が貢献しているのだろう。
また、ドイツと日本がアメリカに続く黒字を出している要因は、ほぼ間違いなく自動車を中心とする海外生産に伴うロイヤリティ(製造技術など無形資産の使用料)の受取額が多いからで、両国のデジタル領域における強さを示すものではない。
【図表1】で見たように、ドイツと日本はいずれもデジタル関連収支における赤字国だ。
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日本だけの問題ではないが、日本は特に弱い
ここまで見てきたように、日本はデジタル領域のコア部分に相当する「通信・コンピューター・情報サービス」で世界(の主要国中)最大の赤字を抱え、デジタル要素を含む「知的財産権等使用料」や「専門・経営コンサルティングサービス」に関しても世界有数の赤字を抱えている現状がある。
したがって、デジタル関連収支の赤字は「日本だけの問題なのか」という多くの人が抱く疑問に対する回答としては、日本だけの問題ではないものの、赤字額の大きさを踏まえれば、世界的に見ても先行きが懸念される状況にある、と言える。
問題はそれにとどまらない。
デジタル関連を含めた(「輸送」「旅行」「その他サービス」で構成される)「サービス収支」全体でも、日本は主要国中最大の赤字を計上している【図表5】。
【図表5】主要国の「サービス収支」比較。OECD加盟国の黒字および赤字上位5カ国を並べた。
出所:経済協力開発機構(OECD)資料より筆者作成
訪日外国人観光客の増加で黒字拡大が進む「旅行」収支による穴埋めがあっても、それ以外のサービスを経由して外貨流出が膨れ上がっていく昨今の状況は、少子高齢化を背景に労働供給の制約が厳しくなっていく展開を避けられそうにない日本にとって、非常に厳しい現実と言わざるを得ない。